最高のバーコードメガネ
「交通網」という言葉とは遠くかけ離れた田舎では、高校3年生になるとほとんど皆自動車教習所に通う。
地元の教習所は、一人ひとりに担当教官が付いていて、毎回同じ教官と顔を合わせることになる。私の担当教官は、メガネにバーコードハゲという“THEおじさん”といった風貌の50代教官だった。厳しいこともなく、ナンパな感じもなく、クールな一面もありながら、ラフな雰囲気で、こちらも緊張することなく接することができる、今考えると少し不思議な人だったように思う。
私は運転が割と得意だったようで、教官との路上教習はもっぱらドライブのようなものだった。窓の外の景色を見ながら「あの店美味いですよ」とか「ここ通ってた学校です」とか、どうでも良い話しを喋りながら1時間の教習を終える。
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その日も教官とのドライブを楽しんでいると、山口情報センターの前を通りかかった。ちょうど「A Dance Pattern Language」という展示の音楽を担当することになり、制作や録音などでよく現場に通っていた。
何とは無しに「今、ここの展示の音楽担当してるんですよ。今度ライブもやります」と話すと、「へー、すごいね」と全然興味なさそうな返事。こちらも興味を引こうと思って話しはじめた訳ではないので、すぐに別の話題へと移った。
それからしばらく経過し、卒業検定も無事合格し、教習所を卒業した。嬉しい反面、教官ともう会うこともないのかと思うと少し寂しい気持ちになっていた。
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ライブ当日。広い会場内の客の中に、見覚えのあるバーコードメガネが立っていた。
「先生!なにやってんですか!」と興奮気味に話しかけると「ライブやるって言ってたから来たよ」とケーキの箱を差し出しながらさらりと答えてくれた。教官は多分音楽やアートが特別好きというわけではないし、ましてや分かりやすい音楽とは対極にあるようなジャンルである。休日にわざわざ時間をつくって来てくれるなんて、嬉しくないはずがない。
ライブも成功し満足感の中、教官からの差し入れのケーキを開けると、教習中に「あの店美味しいですよ」と話していた店のケーキだった。
私の中で最高にクールでイカすバーコードメガネはあの教官しかいない。
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その時に音楽を担当したダンスユニット「ちくは」とは、この展示を皮切りに、その後も音楽を担当させてもらった。
巨大バルーンの中で行うパフォーマンス。
所謂「コンテンポラリーダンス」というジャンル。「コンテンポラリー=現代の」という意味で、型にとらわれない自由な発想で構成される。ぶっちゃけ普通は「よくわからないし、なんか怖い」って感想を抱くと思う。私はそれでいいと思ってるし、むしろ分かったふりして「あそこのあの部分でこういったものを表現しているんですね」とか言ってくる奴には虫酸が走る。
恐怖はスタート地点で、そこから「なんか気になる」と思って扉を開く人もいれば、「もう二度と見たくない」と思って閉ざす人もいる。見せる側も、みんなに分かってほしいとは思っていないんじゃないかな。みんなに受け入れられたかったらギター片手に愛を歌うとか、ヒップホップダンスを踊ればいいわけだし。
教官的には「未知との遭遇」だっただろう。扉を開いたのか、閉ざしたのか、少し気になる。
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